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B級映画の傑作『ラスベガスをやっつけろ』レビュー

久々にこれぞB級映画!と思う映画を観た。『ラスベガスをやっつけろ』(1998年、原題: Fear and Loathing in Las Vegas)だ。

監督は『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975)、『未来世紀ブラジル』(1985)、など個性的な作品で有名なテリー・ギリアム。

B級映画な作りながら、意外なほど豪華なキャスティングで、内容も興味深かったのでレビューしてみたい。

豪華な出演者

B級映画なんだけど出演者は豪華な顔合わせになっている。

ジョニー・デップ

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主人公役のジョニー・デップはもはやB級映画では欠かせない存在といっていい。

本作の他にもB級映画への出演として、『アリゾナ・ドリーム』(1993)、『エド・ウッド』(1994)、『ビートニク』(1999)などが挙げられる。

いずれもジョニー・デップ自身が役や原作に惚れ込んで出演しているようで、さすがジョニー・デップという感じ。

ベニチオ・デル・トロ

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助演として登場するベニチオ・デル・トロは、麻薬/犯罪がらみの映画ではお馴染みの俳優だ。『ユージュアル・サスペクツ』(1995)、『トラフィック』(2000)、『ボーダーライン』(2015)など、プエルトリコ出身だけあって、南米系のナルコトラフィック関係者の役には欠かせない。

トビー・マグワイア

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いちばん笑ってしまうのは、『スパイダーマン』のトビー・マグワイアがヒッチハイクをするヒッピー役で登場する。しかも長髪で禿げているというクセの強い設定だ。

あらすじ

映画の大半は、主人公のジャーナリストのラウル(ジョニー・デップ)がラスベガスのホテルで弁護士のゴンゾー(ベニチオ・デル・トロ)と一緒にハイになっている場面で構成されている。

原作は主人公ラウルのモデルでもあるハンター・S・シンプソン著『ラスベガス☆71』である。

ゴンゾー・ジャーナリズムで有名な原作の本をずっと前から読みたいと思っていたところ、最近ひっそりとNetflixに映画版が追加されたので先に映画版を観ることになった。

激動の60年代アメリカの政治・文化をくぐり抜けて70年代に突入したアメリカのラスベガスが舞台となっている。

60年代の夢のようなアメリカとは対照的に、70年代のアメリカは幻想から覚めて現実が襲いかかってくる。

60年代半ばのシスコ
あれは特別な時代と場所だった
どんな言葉やどんな音楽や思い出をもってしても
自分があの時代に生きていたという実感は
呼び戻せない

あの頃 人はいつどこにいても熱狂し輝いていた
自分たちのやっていることが正しいと誰もが信じていた
あの熱は何だったのか
軍事力ではなく平和的なやり方で
古き悪しき力を倒せると思ってた
エネルギーがうねりとなり俺たちはただ
高く美しい波に乗っていればよかった

あれから5年と経たぬ今
ベガスの丘を登り西を向くと
思い出の向こうに波が寄せて返した跡が見える
波が砕けて何事もなかったように
静かになった街が…

そして、ホテルの錯乱した部屋の中でタイプライターに向かう主人公は、現実と幻想が混じり合う頭で考える。

現代を生き抜く旅(トリップ)に
60年代のスピードはない
ティモシー・リアリーの教えには欠陥がある
彼は意識の拡大を説いて回ったが
彼を信じた人々を襲う現実を考えなかった
平和と理解をドラッグで買えると信じた哀れな信者たち
彼らの喪失と失敗は我々のものでもある


リアリーは自身が創造した幻の世界と共に消えた
誤って彼を信じた者たちも同じだ
彼らはドラッグ文化の本質的な誤りに気づかず
トンネルの向こうで誰かが光を与えてくれるという
絶望的な希望と共に生きていた

あえてラスベガスを舞台にしていることで、ますますアメリカの夢と現実のギャップがわかる。

映画の大半はたわいもない「トリップ」を観せられて辟易するが、その「嫌悪感」こそが70年代以降のアメリカに訪れた現実だったと感じた。

観終わった後は、B級ながら意外とおもしろかったと思える映画だった。