『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』メイソン・カリー著、金原瑞人・石田文子訳を読んだ。
161人にのぼるアーティストたちの日課と生活を紹介した本。「古今東西の小説家、詩人、芸術家、哲学者、研究者、作曲家、映画監督が、いかにして『制作・仕事』に日々向かっていたか」が書かれてある。
「天才たちの日課」を知り、自分も真似をすれば「天才」に近づけるのでは、という野心や好奇心がある人におすすめしたい。
ストイックなアーティストたち
いちばんはじめに紹介されるのが詩人のW・H・オーデン。「その日のうちにやりたいこと、やらねばならないことを決め、それを毎日必ず決まった時間にやる。そうすれば欲望に煩わされることはない」と言い、さすが規律ある生活を実践しているのだなあと感心する。「オーデンは午前六時過ぎに起き、コーヒーをいれると早速仕事を始める」。
オーデンの例からもわかるように、本書に登場する多くのアーティストは、朝早く起き、午前中に集中して仕事をして、午後からは昼寝や散歩をして、手紙を書いたり実務的な仕事をこなし、夜は社交の場に出かけ、酒を飲んで眠る。このような日課は多くのアーティストに共通するものだと言える。
作家の村上春樹は、本書で取り上げられる161人のアーティストのなかでもとくに「日課」に対して意識的かつストイックなアーティストだ。
村上は午前四時に起き、五、六時間ぶっとおしで仕事をする。午後はランニングをするか、水泳をするかして(両方するときもある)、雑用を片づけ、本を読んで音楽をきき、九時に寝る。「この日課を毎日、変えることなく繰り返します」
このように厳しい日課を送っている理由について村上はこう答えている。
「読者は僕がどんなライフスタイルを選ぼうが気にしない。僕の新しい作品が前の作品より良くなっているかぎりは。だったらそれが、作家としての僕の義務であり、もっとも優先すべき課題だろう」
ベンジャミン・フランクリンもまた、規律に厳しかった偉人として紹介されている。
フランクリンが考えた、十三週間、計画に従って「道徳的に完璧な人間になる」方法が紹介される。
規律なきアーティストたち
先に紹介したオーデン、村上春樹、ベンジャミン・フランクリンは誰もが感心してしまう規律的なアーティストの代表例だと思う。一方で、本書を読み進めていくと「規律」などもたないアーティストもたくさん登場する。
朝型のアーティストが多い一方、夜型のアーティストもまた多く存在する。破天荒な生活を送るアーティストがいれば、定職について安定をもとめるアーティストもいる。ドラッグ・酒・薬に頼るアーティストは数えきれない。
本書の後半で登場する作家のデイヴィッド・フォスター・ウォレスは言う。
決まった習慣なんてまったくない。なぜかというと、僕が規則正しい習慣を作ろうとしているときは、書いても書いても成果がなくて、苦しいだけ、というときだから。
「規則正しく執筆をするのはうまくいっていないときだけだ」とウォレスは語る。先ほど紹介した村上春樹とは反対のことを言っているが、どちらも世界的に有名な作家である。
(ちなみに、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの名スピーチについては以前紹介したのでそちらもご参照いただきたい。「240万回再生された隠れた名スピーチ「ここにあるのは水だ」」)
結局、どの日課が理想的なのか?
規律的な日課を守るべきか、それとも日課など持たず破天荒に生きるのがアーティストなのか?
本書の最後にあえてバーナード・マラマッド(作家)の言葉を引用したところに、作者のメイソン・カリーの意図はあるだろう。
絶対的な方法などない。このテーマについては、ナンセンスなたわごとが巷にあふれている。自分は自分でしかないのであって、フィッツジェラルドでもトーマス・ウルフでもない。ただ、すわって書くだけだ。特定の時間や場所はない。ありのままの自分に合わせるだけ。きちんと規律が守られてさえいれば、どんなやり方で書こうがかまわない。(中略)秘訣は時間を――盗むのではなく――作ること。あとは書くだけだ。(中略)いつかはだれでも、自分にとっていちばんよい方法がわかる。ほんとうに解明すべき謎は、自分のなかにあるんだ。
161人もの日課を列挙しつつ、あえてそこから答えを抽出しない。あるいは「理想的なスケジュール」を見つけたくても、見つけられない。なぜなら、「日課」とは各人が自分で見つけるものだから。
161人のアーティストの日課を覗き見できるおもしろい本だった。
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