10代から20代にかけて1000冊以上の本を読んだ。学校の図書館、公立図書館、古本屋、ネット書店でたくさんの本を手に入れ、文字通り片っぱしから読みあさった。
中学、高校時代に読んだ世界の小説には、知らない世界や価値観が広がっていて、読書そのものが強烈な体験だった。その体験はいま思い返すと幸運であり幸福だった。
ここでは青春時代を読書にささげた私がおすすめする、強烈な読書体験をもたらす世界の小説15作品をご紹介したい。
1. V.
トマス・ピンチョン
1963年アメリカ
闇の世界史の随所に現れる謎の女、V.。その謎に取り憑かれた“探求者”ハーバート・ステンシルと、そこらはどうでもよい“木偶の坊”ベニー・プロフェインの二人は出会い、やがて運命の地へと吸い寄せられる…。V.とは誰か?いや、V.とはいったい何なのか?謎がさらなる謎を呼ぶ。手がかり多数、解釈無数、読むものすべてが暗号解読へと駆り立てられる―。天才の登場を告げた記念碑的名作、ついに新訳成る。Amazon.co.jpより
アメリカの隠居作家ピンチョンが書く作品はどれも長くて難解だ。自慢じゃないが、今でも私はピンチョンの作品の内容を3%も理解できていない。当時は高校生だったから1%くらいの理解だっただろう(笑)。
それでもピンチョンの作品はとにかく楽しい。大衆向けのポップカルチャーをふんだんに盛り込んでいて、歴史小説かと思いきや、ときにSF、ときにスパイ小説、ときにコミックブックスに変身し、気づくと酔っ払って歌をうたっている。ピンチョンは文字だけであらゆる文化、国、時代を作品のなかにおさめてしまう怪物だ。
本書では、世界を股にかけた陰謀をめぐる物語が進行する。かと思いきや、ニューヨークの地下道でワニを追いかけている主人公のダメ男があちこち行ったりきたりしている。
『V.』は怪物ピンチョンが26歳の若さで書き上げた本物の「衝撃のデビュー作」。そして1950年代ニューヨークの「現代」を舞台にした、現代の世界文学の最高峰だ。
2. ポスト・オフィス
チャールズ・ブコウスキー
1971年アメリカ
1994年、73歳で急逝したブコウスキーが51歳の時、わずか19日で書き上げた「幻の処女長篇」。延べ10年勤務した60年代郵便局時代の、過酷で不条理な「仕事」を、彼独特の文体で悲喜劇として綴った最高傑作。Amazon.co.jpより
酔いどれ作家ブコウスキーの処女長編。自伝的な内容で、作者ブコウスキー自身の郵便局勤務時代の破天荒な働きっぷり、飲みっぷり、考えっぷりがストレートな文体で語られる。
まず、アル中の主人公(=作者)が嫌々ながらけっこうまじめに郵便局で働いている姿が面白い。反抗し、自暴自棄になり、酒を飲んで会社に遅刻したりするが、それでも郵便配達にでかける。その生き様こそがリアルだ。
こんなクソ野郎が主人公の小説はクソ面白いに決まっている。
3. ソンブレロ落下す―ある日本小説
リチャード・ブローティガン
1976年アメリカ
この題名を見てもどんな作品なのか想像できないだろう。実際に読んでみてもあらすじなんてあってないようなもの。そもそも、内容はすっかり忘れてしまった。
ブローティガンの作品はすべて読んだが、個人的にはなぜかこの『ソンブレロ落下す』が思い出に残っている。自分にとっての「文学」や「芸術」はこういうものだと教わったような記憶がある。どんなスタイルだろうと読者になにかが伝わる作品。非常に素朴でありながら、深い別世界につながっているような世にもめずらしい小説。
4. ドン・キホーテ
セルバンテス
1605年スペイン
騎士道本を読み過ぎて妄想にとらわれ、古ぼけた甲胄に身を固め、やせ馬ロシナンテに跨って旅に出る。その時代錯誤と肉体的脆弱さで、行く先々で嘲笑の的となるが…。登場する誰も彼もがとめどもなく饒舌な、セルバンテスの代表作。Amazon.co.jpより
今から400年も前の作品だ。だけどふつうに笑えるコメディ。マンガやアニメにしても面白いだろう。道中で起こるエピソードの数々。どれも笑ってしまうが、最後は涙してしまう。
「驚安の殿堂 ドン・キホーテ」のように、万人に楽しまれるような作品。
5. 白鯨
ハーマン・メルヴィル
1851年アメリカ
「モービィ・ディック」と呼ばれる巨大な白い鯨をめぐって繰り広げられる、メルヴィル(一八一九‐一八九一)の最高傑作。海洋冒険小説の枠組みに納まりきらない法外なスケールと独自のスタイルを誇る、象徴性に満ちた「知的ごった煮」。Amazon.co.jpより
白鯨を追いかける冒険小説のロマン。巨大な白鯨と繰り広げる死闘。結末はいかに。
「読書の冒険」とはこの本のことだ。
6. 闇の奥
ジョゼフ・コンラッド
1902年イギリス
船乗りマーロウはかつて、象牙交易で絶大な権力を握る人物クルツを救出するため、アフリカの奥地へ河を遡る旅に出た。募るクルツへの興味、森に潜む黒人たちとの遭遇、底知れぬ力を秘め沈黙する密林。ついに対面したクルツの最期の言葉と、そこでマーロウが発見した真実とは。Amazon.co.jpより
映画『地獄の黙示録』が面白かったから、原作といわれる『闇の奥』を読んだ。
とてもエキゾチックで謎めいている。タイトルからしてすこし怖い。内容も不気味な雰囲気だけど、「闇の奥」をのぞいてみたい好奇心がある。そんな怖いものみたさのあるあなたにぜひ読んでほしい。100ページくらいの中編小説だから読みやすい。
7. 罪と罰
ドストエフスキー
1866年ロシア
ドストエフスキーの代表作のひとつ。日本をはじめ、世界の文学に決定的な影響を与えた犯罪小説の雄。歩いて七百三十歩のアパートに住む金貸しの老女を、主人公ラスコーリニコフはなぜ殺さねばならないのか。ひとつの命とひきかえに、何千もの命を救えるから。Amazon.co.jpより
むずかしいことはわからないが、『罪と罰』は最高の犯罪小説だ。いまの映画はほとんどが犯罪小説のようなものだが、その原点がここにある。読み進めるだけで手に汗を握る緊張と興奮がある。
映画よりも自己を没入できる小説で、これほどまでに迫真にせまった犯罪小説を読むのは絶対にあぶない。読んでいる自分も罪を犯したような気になってしまう。
作者ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』でも有名だが、この『罪と罰』の方がストーリーがわかりやすく読みやすい。
8. 夜の果てへの旅
ルイ=フェルディナン・セリーヌ
1932年フランス
全世界の欺瞞を呪詛し、その糾弾に生涯を賭け、ついに絶望的な闘いに傷つき倒れた“呪われた作家”セリーヌの自伝的小説。上巻は、第一次世界大戦に志願入隊し、武勲をたてるも、重傷を負い、強い反戦思想をうえつけられ、各地を遍歴してゆく様を描く。Amazon.co.jpより
人類の闇をのぞきこむような作品だ。戦争の影のなかを歩んでいく。
読むタイミングによって評価が別れるだろう。ある人は嫌悪感を示して否定し、ある人は絶賛するだろう。読む人のセンスやタイミングを選ぶ気難しい作品だ。
読んでみようと思った方は、チャンスを逃さずに一気に読み切って欲しい。否定するにせよ、肯定するにせよ、あなたの記憶になにかが残るはず。
9. 野生の探偵たち
ボラーニョ
1998年チリ
1975年の大晦日、二人の若い詩人アルトゥーロ・ベラーノとウリセス・リマは、1920年代に実在したとされる謎の女流詩人セサレア・ティナヘーロの足跡をたどって、メキシコ北部の砂漠に旅立つ。出発までのいきさつを物語るのは、二人が率いる前衛詩人グループに加わったある少年の日記。そしてその旅の行方を知る手がかりとなるのは、総勢五十三名に及ぶさまざまな人物へのインタビューである。彼らは一体どこへ向かい、何を目にすることになったのか。Amazon.co.jpより
作者のボラーニョはこの記事で紹介する作家のなかでいちばん若い1953年チリ生まれの小説家。残念なことに、2003年に50歳で亡くなった。死後に欧米を中心に評価され、日本でも2010年ごろから一気に翻訳が進み紹介された。
メキシコを舞台に、謎の女流詩人を探し求める二人の男の物語。いくつもの事件や冒険のエピソードをはさんで物語は広がっていく。
本書で好きなのは、酒を飲んで便器のなかに落ちていく場面、森で見張り番として働くエピソード、砂漠のなかにある町でついに女流詩人を見つけるところなど、描写が非常にリアルなところだ。作家ボラーニョ自身の経験から語られているためか、場所の温度や空気が手に触れるように伝わってくる。
これほどまでに骨太の小説が新しく生まれていたことへの驚きと、世界の広さを実感できる大作。
10. ハックルベリ・フィンの冒険
マーク・トウェイン
1885年アメリカ
浮浪児ハックがミシシッピ川で原始的な生活を楽しみ、友人トムとともに逃亡奴隷の黒人ジムを救い出す愉快な冒険物語。
東京ディズニーランドに本書の作家や登場人物をモチーフにした「蒸気船マークトウェイン号」や「トムソーヤ島」がある。ディズニーランドがだれもが楽しめる場所であるように、本書も大人も子どもも楽しめる冒険小説になっている。
ディズニーランドで言えば「スプラッシュマウンテン」のような作品。住み慣れた故郷を離れて悪党の追っ手をかわしながら岩山を抜け、川をくだり、最後は自由を手に入れる。
いろいろな読み方ができるけど、主人公ハックといっしょに愉快なアドベンチャーを純粋に楽しみたい。
11. ウォールデン 森の生活
H・D・ソロー
1854年アメリカ
「人は一週間に一日働けば生きていけます」。ヘンリー・D・ソローは、一八〇〇年代の半ば、ウォールデンの森の家で自然と共に二年二か月間過ごし、自然や人間への洞察に満ちた日記を記し、本書を編みました。(中略)産業化が進み始めた時代、どのようにソローが自然の中を歩き、思索を深めたのか。今も私たちに、「どう生きるか」を示唆してくれます。Amazon.co.jpより
19世紀のアメリカにおいて、『ウォールデン』は今でいう禅、ナチュラル、断捨離、ミニマリズムのようなものだっただろう。あたらしい生活、生き方を実践し示唆している。
なによりも驚くのが、今から160年以上も前の作品であるのに、いまだに人びとの生き方の指標になりつづけていることだ。テクノロジーが進んだ現代だからこそ、本書で語られる自然と一対一で向き合うライフスタイルが見直されている。
本書は生き方を実践しているところがすばらしい。
12. 日はまた昇る
アーネスト・ヘミングウェイ
1926年アメリカ
禁酒法時代のアメリカを去り、男たちはパリで“きょうだけ”を生きていた――。戦傷で性行為不能となったジェイクは、新進作家たちや奔放な女友だちのブレットとともに灼熱のスペインへと繰り出す。祝祭に沸くパンプローナ。濃密な情熱と血のにおいに包まれて、男たちと女は虚無感に抗いながら、新たな享楽を求めつづける……。若き日の著者が世に示した“自堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)”の矜持!Amazon.co.jpより
海外旅行にいくと、世界中のバックパッカーを目にする。バックパッカーを観察していると、本書に登場する人物たちに似ているといつも思う。
作者のヘミングウェイ自身がそうだったように、本書の登場人物たちはアメリカを出てパリ、スペインへ行き、祭りやパーティーに繰り出しては酒を飲んで騒ぐ。そこには若さ、旅、酒、恋愛があり、日常の世界から切り離された自分たちだけの世界がある。
今も昔も「失われた世代(ロストジェネレーション)」は存在する。若き旅人には本書をおすすめしたい。
13. 百年の孤独
ガルシア・マルケス
1967年コロンビア
蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と悦楽、現実と幻想、死と生、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽しながら…。20世紀が生んだ、物語の豊潤な奇蹟。Amazon.co.jpより
魔法のかかった村に住む、魔法のかかった一族の物語。
百年にわたるブエンディア家7世代の繁栄と滅亡の物語。縦方向につらぬく時間軸の大きさがある作品。
幻想めいた挿話や歴史のエピソードなどが集まり、大きくて力強い物語を織りなしている。家族同士のリアルな人間関係も面白い。大河ドラマ好きにもおすすめ。
14. 火山の下
マルカム・ラウリー
1947年イギリス
ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クワウナワクの町で、元英国領事ジェフリー・ファーミンは、最愛の妻イヴォンヌに捨てられ、酒浸りの日々を送っている。一九三八年十一月の「死者の日」の朝、イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。しかし領事は心の底で妻を許すことができず、ますます酒に溺れていき、ドン・キホーテさながらに、破滅へと向かって衝動的に突き進んでいく。ガルシア=マルケス、大江健三郎ら世界の作家たちが愛読する二十世紀文学の傑作、待望の新訳。Amazon.co.jpより
メキシコには毎年11月に「死者の日」と呼ばれる日本でいうところのお盆があり、死者の魂を現世に迎える。この作品は「死者の日」を祝うメキシコの小さな町を舞台とし、主人公のイギリス人とその妻、腹違いの弟の3人に起こる出来事が語られる。
主人公はたったの3人だけで、たったの一日の出来事にすぎない。しかし、その背景では「死者の日」のお祭や闘牛のにぎやかさが続いている。さらに奥には無言で見下ろしている二つの火山がある。この空間と時間の設定が不思議な印象を与える。
私はこの町(クエルナバカ)を訪れたことがある。特徴はあまりなく、メキシコのどこにでもある小さな町だった。ただ、遠くにそびえる二つの火山の異様な存在感だけが実際に訪れたあとも、小説を読み終えたあとも印象に残っている。
15. オデュッセイア
ホメロス
紀元前八世紀 ギリシア
オデュッセウス自身の語る奇怪な漂流冒険譚は終わり、オデュッセウスの帰国、留守の間妻を苦しめていた悪逆な者たちへの復讐という劇的なクライマックスへ突き進んでゆく。Amazon.co.jpより
この記事で紹介した本は冒険の話が多い。本書は冒険を終えたオデュッセウスが故郷を目指す10年間の漂泊の話。とはいえ、家に帰るまでが遠足であるように、故郷に戻るまでが冒険だ。
今も昔も冒険のパターンは不変であり、『オデュッセイア 』を読んで大昔からつづく人間の冒険への思いがわかる。
作品の成立が紀元前八世紀だとあとから知ったが、昔から「人生は冒険」だったのだろう。
最後に
いまも読書はするが10代や20代のころに経験したような「強烈な読書体験」は少なくなった。
自戒を込めて「もっと新しい世界を知り、もっと読書の冒険をしよう」と思った。